BLOG

  1. HOME
  2. ブログ
  3. ブログ
  4. 第2回は「タラの丘」と映画に登場する「タラ」についてです。

第2回は「タラの丘」と映画に登場する「タラ」についてです。

有史以前から紀元6世紀まで、タラの丘にはアイルランドの王の玉座が置かれ、宗教的、政治的、文化的な中心地として機能していました。タラは低い丘で、アイルランド中央平原を見渡すことができ、ダブリンから北西25マイル(約40キロメートル)のミース州に位置しています。この丘は、アイルランドにおける伝説上のハイ・キング(偉大な王)たちが統治した場所として知られています。
ハイ・キングたちはタラの丘に居城を構え、諸侯を支配していました。集会は3年ごとに開かれ、サムハインの祝日(諸聖徒日、11月1日)の3日前に始まり、3日後に終わりました。この集会では、日中の仕事を終えた後、ホールで吟遊詩人たちがハープを奏で、詩や物語を披露しました。タラは紀元3世紀に最盛期を迎え、当時は多くの建物が建ち並んでいました。
5世紀ごろ、アイルランドにキリスト教が広まり、ドルイドたちは追放されました。560年にダーモット・マックファーガスの治下で最後のタラの集会が開かれ、これがタラの君主政治の終わりを意味しました。アイルランドはその後完全にキリスト教化され、古代ケルト社会はキリスト教の影響を強く受けるようになりました。
現在、タラの丘には何も残っていませんが、頂上にはかつての輪形の遺跡の痕跡がわずかに残っています。この時期の日本では、飛鳥時代から奈良時代へと移行し、仏教文化が急速に発展していた時代にあたります。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事